2026.06.16
研修医が最初につまずくのは、手技でも知識でもなかった|現役医師が振り返る
研修医になって一番困ったのは、手技でも医学知識でもなく、スタッフとのコミュニケーションでした。きつく当たられた経験、わからないことを素直に聞ける強さ、知ったかぶりが事故を招く理由まで。立場や年次を問わず、医療現場で働く限りずっと必要な、人間関係と素直さの話を、現役医師が自身の経験から綴ります。
現役医師 Dr.マア
研修医になって最初に直面した一番の壁は何だったか——。
振り返って思うのは、それは**手技でも、医学知識でもなく、「スタッフとのコミュニケーション」**だったということです。
国家試験を通り、いざ現場に出ても、研修医は最初、本当に何もできません。採血ひとつ、点滴ひとつ、慣れるまでは時間がかかります。そんな状態で毎日を支えてくれるのが、現場の看護師さんをはじめとするスタッフの方々です。
今日は、医学的な話ではなく、**現場で働くうえで本当に大事だと痛感した「人との関わり方」**について、自分の経験を書いてみたいと思います。
そしてこれは、研修医だけの話ではありません。立場や年次が上がっても——むしろ上がるほど——医療現場で働く限り、コミュニケーションはずっと必要であり続けます。教わる側も、教える側も、チームをまとめる側も、誰にとっても変わらず大切なことだと、今でも痛感しています。研修医時代の話から始めますが、伝えたいのは「どの立場でも、ずっと必要なこと」です。
- 研修医が最初につまずくのは、手技でも知識でもなく「人との関わり方」だった
- きつく当たられても、多くは「お互いをまだ知らないだけ」で解けていく
- 「わかりません」と素直に言える強さが、自分と患者の両方を守る
- 立場が上がるほど、「話しやすい人」でいることが現場の安全に直結する
研修医は「何もできない」ところから始まる
研修医のはじめは、知識こそ学んできたものの、現場で手を動かすことに関してはほとんど素人同然です。
だから、看護師さんに教えてもらうことが本当に多い。物品の場所、病棟のルール、その科の慣習——教科書には載っていない実務を、現場の先輩スタッフから一つずつ教わっていきます。
ところが、その過程で、きつく当たられることもありました。
当時は正直、落ち込みました。「医師なのに」というプライドと、「何もできない」という現実のギャップに、ただただ縮こまっていた時期があります。
きつかったのは、「お互いを知らなかった」だけだった
でも、今になって振り返ると、理由ははっきりしています。
お互いを、まだ知らなかっただけなのです。
向こうから見れば、毎年入れ替わる「新しい研修医の一人」。こちらから見れば、「厳しいスタッフ」。お互いに、相手がどんな人間なのかを知らないまま、業務の上だけで接していた。それだけのことでした。
転機になったのは、特別なことではありません。誠実に対応すること、そして、飲み会のような場で業務以外の話をすること。
ほんの少し、人として知り合うだけで、関係は驚くほど変わりました。相手の人柄が見え、こちらの人柄も伝わる。すると、業務上のやり取りも自然と滑らかになり、仕事そのものが円滑に回るようになったのです。
きつい言葉も、実は「早く一人前になってほしい」という気持ちの裏返しだったのだと、後から分かることもありました。
プライドだけの傲慢な態度は、いちばん嫌われる
一方で、はっきり言えることがあります。
知識や立場を笠に着た、プライドだけの傲慢な態度は、スタッフから確実に嫌われます。
医療は、医師一人で完結する仕事ではありません。看護師、薬剤師、技師、事務——多くの職種が連携して、はじめて成り立つチームの仕事です。その中で「医師だから」と偉そうに振る舞う人は、どれだけ知識があっても、現場では信頼されません。
逆に、分からないことを素直に「教えてください」と頭を下げられる人、相手への敬意を忘れない人は、自然と現場に受け入れられていきます。頭を下げて教わる姿勢が、結局はいちばん自分を助けてくれるのだと思います。
「素直さ」は弱さではなく、自分と患者を守る強さ
傲慢さの対極にあるのが、「素直さ」です。これは、研修医のうちに身につけておきたい、最も大切な姿勢のひとつだと思います。
言われたことを素直に聞いて、その通りにやってみる。すると、相手も「この人にはちゃんと教えよう」と思ってくれて、さらに多くのことを教えてもらえます。素直さは、学びのスピードを何倍にもしてくれます。
逆に、いちばん危ないのは、わからないことを隠して知ったかぶりをすることです。知らないことを「恥ずかしい」と感じて隠してしまう——その気持ちは痛いほど分かります。でも、医療の現場では、その小さな見栄が重大な事故につながりかねません。
「わかりません」「教えてください」と言えることは、決して弱さではありません。むしろ、目の前の患者さんを守るための、確かな強さです。プライドを守るために黙ることと、患者さんの安全を守るために尋ねること——どちらを選ぶべきかは、考えるまでもありません。
そして、素直に関わり、日頃から良い関係を築けていれば、いざ困ったときに、周りの人がさまざまな形で助けてくれます。「この人のためなら」と思ってもらえる関係は、自分一人では超えられない場面で、何度も自分を救ってくれます。
「話しやすい雰囲気」は、安全に直結する
ここまでは「教わる側(研修医)」の話をしてきましたが、コミュニケーションは双方向です。素直に聞ける人がいても、聞きやすい相手がいなければ、関係は成り立ちません。
現場でよく耳にするのが、こんな声です。
- 「あの先生に言うと怒られるから、できれば言いたくないんだよね」
- 「機嫌が悪いときがあって、話しかけにくい」
誰しも、一度は感じたことがあるのではないでしょうか。そして、これは単なる"雰囲気"の問題では終わりません。
話しかけにくい人のところには、報告も、確認も、相談も集まらなくなります。「これ、一応言っておいた方がいいかな……でも、怒られそうだな」——その一瞬のためらいが、異変の報告を遅らせ、ミスの見逃しや事故につながることがあります。素直に「聞けない」のは、聞く側だけの問題ではないのです。
だからこそ、立場が上がるほど、自分が「話しやすい人」でいられているかを意識することが大切だと思います。忙しくても、不機嫌をそのまま顔に出さない。質問されたら、まず一言やわらかく受け止める。たったそれだけのことで、周りは格段に報告しやすくなり、結果として現場全体の安全につながります。
素直に聞ける人と、聞きやすい人。その両方がそろって初めて、現場は安心して回るのだと感じています。
コミュニケーションの「場」が減っている今だからこそ
最近は、医局や病院全体で集まるような行事や飲み会が、以前より減ってきています。働き方改革や価値観の変化もあり、業務外で自然に交流する機会は確実に少なくなりました。
これは良い面もありますが、お互いを人として知る「きっかけ」が減っているという側面もあります。
だからこそ、これからの時代は、意識的に人間関係を築こうとする姿勢が、より大切になると感じています。
実際、現場を見ていても、人間関係を大事にし、丁寧にコミュニケーションを取れる医師は、職種を問わず重宝されています。手技や知識はあとからついてきますが、「この人と一緒に働きたい」と思ってもらえるかどうかは、日々の関わり方の積み重ねで決まります。
どの立場になっても、ずっと大事なこと
ここまで研修医の頃の話を書いてきましたが、コミュニケーションの大切さは、年次を重ねても変わりません。むしろ、教える側・まとめる側になるほど、その重みは増していきます。素直に学び続ける姿勢も、人が話しかけやすい雰囲気をつくることも、ベテランになったから卒業できるものではありません。私自身、今でも自分に言い聞かせていることです。
もし今、研修医や若手で「人間関係がしんどい」と感じている方がいたら——最初にうまくいかなくても、それは多くの場合、まだお互いを知らないだけです。手技や知識は、時間が解決してくれます。焦らず、誠実に、相手を知ろうとする姿勢を持ち続けてください。
そして、もし環境そのものがどうしても合わないと感じたときは、働く場所を変えるという選択肢もあります。人間関係は、働きやすさに直結し、ときにキャリアを考え直すきっかけにもなります。それは逃げではなく、自分を大事にするための、まっとうな選択です。
医療は、人と人との仕事です。研修医も、ベテランも、職種を問わず、その土台にあるのは、いつだってコミュニケーションなのだと思います。
- 最初の人間関係のつまずきは、多くが「まだお互いを知らないだけ」
- 素直さ(聞ける強さ)と、話しやすい雰囲気づくりは、年次を問わずずっと大切
- 環境がどうしても合わなければ、働く場所を変えるのも前向きな選択肢
関連記事